軽貨物業界は、歴史から学ばない。正確に言えば、学べない。
理由は単純だ。歴史を学んだ人間が、業界に残らないからだ。痛い目を見て「こういう構造だったのか」と理解した頃には、その人はもう廃業して別の仕事に移っている。だから教訓が次の世代に渡らない。毎年、何も知らない新人が同じ入口から入ってきて、同じ罠を踏む。そしてまた消える。記憶のないループだ。
これは精神論じゃない。構造の話だ。順番に解剖していく。
35年前、トラック業界はすでに同じ道を通った
軽貨物で今起きていることは、歴史上はじめての現象じゃない。35年前に、ほぼ同じ脚本が一度上演されている。
1990年(平成2年)に施行された物流二法——貨物自動車運送事業法と貨物運送取扱事業法だ。それまでトラック運送は「免許制」で、運賃は「認可制」だった。役所が事業者の数も価格も管理していた。これを国は規制緩和し、参入を「許可制」、運賃を「届出制」にした。
掲げられた理屈はこうだ。「競争を促せばサービスが良くなり、価格が下がり、消費者が得をする」。きれいな言葉だった。
結果どうなったか。事業者数が爆発的に増えた(規制緩和後、トラック運送事業者は約4万者から6万者超へ増えたとされる)。供給過剰になった。仕事を取り合う過当競争が起きた。運賃は下がり続けた。下がった運賃のしわ寄せは、立場の弱い下請けと、最後はハンドルを握るドライバーに集中した。多重下請け構造が深まったのも、この過当競争の中でだ。
「競争で消費者が得をする」は半分本当だった。だが、その安さの原資は、現場の人間の労働を買い叩くことで生まれていた。
「今がチャンス」は、何度も繰り返された号令だ
軽貨物(貨物軽自動車運送事業)は、もともと届出制だ。黒ナンバーを取って書類を出すだけ。資格試験も、まとまった資本金の要件もない。入口が異常に広い。だからこそ、需要が動くたびに「今がチャンス」という号令がかかり、新規参入が一気に流れ込む。
思い出してほしい。同じ煽りが、何度繰り返されたか。
ネット通販の拡大で「ラストワンマイルは伸びる」と言われた。Amazonが2019年に個人配達の仕組みを日本に持ち込んだとき「会社員より自由に稼げる」と言われた。コロナ禍でフードデリバリーが膨らんだとき「スマホ一台で誰でも」と言われた。そして2024年問題でトラックが運びきれない荷物が軽貨物へ流れてくると、また「今がチャンス」が始まった。
波が来るたびに、同じ言葉で新人が呼び込まれる。案件は確かに増えた。だが単価は上がらない。むしろ参入が増えるほど「代わりはいくらでもいる」という荷主の論理が強まり、買い叩きは深まる。1990年のトラック業界が通った道と、寸分違わない。
違うのは、当時を覚えている人間が軽貨物の現場にほとんどいないことだ。
なぜ学べないのか①:記憶を持った人間が、業界に残らない
ここが核心だ。
東京商工リサーチのデータを見てほしい(出典:東京商工リサーチ「2024年問題直前の軽貨物運送業 倒産と休廃業・解散の合計が3年連続で過去最多」)。2023年、軽貨物運送業の倒産と休廃業・解散の合計は123件で、3年連続の過去最多。そして深刻なのはこの数字だ。
開業5年未満の廃業が、全体の40.5%。2020年は16.6%だったものが、わずか3年で倍以上に跳ね上がっている。
組織でも個人でも、知識は「経験した人間がその場に留まること」で蓄積される。失敗した先輩が「あの契約はやめとけ」と新人に伝える。それで初めて教訓は財産になる。ところが軽貨物では、経験して学んだ人間の4割が5年以内に退場していく。教訓を語れるようになった頃には、語る相手のいる現場からいなくなっている。
知恵が貯まる前に、知恵を持った人が消える。だから業界全体の記憶は、いつまでもゼロのまま更新されない。これは個人の能力の問題じゃない。記憶が蓄積しない構造そのものの問題だ。
なぜ学べないのか②:学ばせない方が儲かる人間がいる
歴史が伝わらないのは、偶然だけじゃない。伝わらない方が都合のいい人間がいる。
新人が過去のサイクルを知っていたら、こう考える。「前にも同じ煽りで大量に人が入って、単価が下がって、みんな辞めていったらしい。じゃあ今回も同じじゃないか」と。冷静になって、立ち止まる。
それは、新人を呼び込んで稼ぐ側にとって最悪のシナリオだ。開業を煽る紹介業者、高額の加盟金を取るフランチャイズ、「誰でも月収◯◯万円」とSNSで集客するコンサル。彼らの売上は、何も知らない新人が次々に入ってくることで成り立っている。歴史を知って立ち止まる新人は、彼らにとって失われた売上だ。
だから業界の過去は語られない。語られるのは「これからは伸びる」という未来だけだ。過去を消し、未来だけを見せる。これは記憶喪失をビジネスにする構造と言っていい。
なぜ学べないのか③:横のつながりがないから、記憶を共有できない
仮に一人のドライバーが痛い目を見て賢くなったとする。その教訓は、どこに集まる?
集まる場所がない。軽貨物のドライバーは個人事業主で、基本は孤立している。同じ荷主の下で働いていても、隣のドライバーが今いくらで請けているかすら知らない。情報を持ち寄って「この業者は危ない」「この単価はおかしい」と共有する横のつながりが、ほとんど存在しない。
組合のように声を束ねる仕組みもないに等しい(参考:なぜ軽貨物ドライバーはストライキを起こさないのか)。声が束ならなければ、個人の経験は個人の中で消える。隣に伝わらない。次に伝わらない。教訓が「業界の記憶」になる経路そのものが断たれている。
縦には中間業者が何層も連なるのに、横はバラバラ。情報が縦にしか流れない構造では、現場の学びは上に吸い上げられて終わり、ドライバー同士で循環しない。
歴史から学ぶ唯一の方法は、自分で記録を残すことだ
業界が記憶を持てないなら、個人が持つしかない。これが結論だ。
俺がこのメディアで過去の倒産事例や中抜きの構造をしつこく記録しているのは、業界が忘れてしまうからだ。誰かが書き残さなければ、5年後にまた同じ煽りが、同じ言葉で、何も知らない新人に向けて繰り返される。だから残す。
あなたが今できることは多くない。だが、確実なことはある。新しい話に飛びつく前に、その話が「過去に何度繰り返されたパターンか」を一度疑う。契約条件を書面で残す。請けた単価を記録する。割に合わない案件を断った理由をメモしておく。自分の経験を、自分の外に出して残しておく。
それが、記憶を持たない業界の中で、唯一あなたを賢くする方法だ。歴史は業界が教えてくれない。自分で読み、自分で書き、自分で覚えるしかない。
まとめ
軽貨物業界は歴史から学べない。学んだ人間が5年で4割消えるからだ。35年前のトラック規制緩和と同じ過当競争を、誰も覚えていないまま今なぞっている。
業界に記憶がないなら、あなたが記憶を持て。過去を知る者だけが、同じ罠を二度踏まずに済む。
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執筆:軽貨物解体真書 編集部 | keikamotsu-kaitaishinsho.com